朝旭川でレンタカー借りて
まずはこの北一已(きたいちやん)
難解な読みで一躍有名になった駅。
まずは4923D
次は北秩父別。
前はこの板張りホームに面して木造の待合室があったが
腐りきって解体されこの左の地平にある物置小屋的待合室。
踏切わたってホーム側に陣取ったのは失敗
駅が良くわからない構図になってしまった。
さっきの返しの4924D
朝旭川でレンタカー借りて
まずはこの北一已(きたいちやん)
難解な読みで一躍有名になった駅。
まずは4923D
次は北秩父別。
前はこの板張りホームに面して木造の待合室があったが
腐りきって解体されこの左の地平にある物置小屋的待合室。
踏切わたってホーム側に陣取ったのは失敗
駅が良くわからない構図になってしまった。
さっきの返しの4924D
16日朝、ホテルの窓から
来年で廃線となる根室本線富良野-新得へ向かう列車が見える。
予報は1日中みぞれのはずだったが
気温は3,4度で低いものの朝から本降りの雨。
風もかなり強い。
標高の高い旭岳なら雪だろうと思って行ってみたのだが
上と下とで空気層がごっちゃになっているらしく
上は4度もあってしかも当然本降り雨。
おまけに強風で今日はロープウエイ動きそうもない。
と言うことで山を下りて鉄分補給へ。
基本北海道はまだ冬の眠りから目覚めていなくって
保存車両はほとんどブルーシートかぶったまま。
ここ東旭川の鉄工場の駐車場に突如現れる動輪。
日本最後の営業SLで保存寸前で追分機関区の火事で全焼した
れいのD51241号機の第4動輪である。
第3動輪は追分にずっと保存されている(今は安平町)のだが
第4動輪がなぜここにあるのかは謎なのだが
鉄工所ということで全焼した後の解体か何かで縁があったのかもしれぬ。
でも石碑なんかもたてられて思ったよりずいぶん
大事にされていてうれしい。
留萌本線が留萌に行かなくなるまであと1か月。
休日は混んでるのかなと思い
平日に日帰りで撮影旅行に
朝一のスカイマーク703便で新千歳
今日のお供は新型ノートe-power
2時間走って
まずは真布駅前の有名ポイントへ。
流石に数人の同業者がいたが
数人なので何の問題もなく和やかに撮影終了。
長野電鉄で走っているマッコウクジラこと
元日比谷線3000系の3500系が
1/19で最後の1編成のN8が引退することになり
引退まで定期運用限定復帰させ更に
長野電鉄が運用表まで公開するという大サービス。
ならば写真撮りに行くべと言うことで9藤と長野へ。
1/7の運用は午前中は湯田中と中野の間をずっとピストンして
昼に一旦長野まで来て折り返し須坂に戻るというもの。
湯田中中野間で撮影機会がかなり多い運用。
家を4:00にでて7:40に夜間瀬川のこの場所に到着。
早速飯綱山や黒姫妙高をバックに撮影。
今回もEOS5DMk4とレンズは70-200Lと24-105Lで
動画はオリンパスOM-D EM1で
湯田中からの折り返しも
今年の長野、例年よりだいぶ雪が少なく
背景の高社山のすそ野も雪があまりない。
アングルを変えて夜間瀬川でもう1本。
8:30ぐらいになってレンタカーなどで来る同業者が増えて
ぐっと賑やかになってきた。
新幹線の始発で来た人たちか?
「内房線 蘇我~姉ケ崎駅間 開業110周年記念 あの時代をもう一度 房総西線客車列車の旅 ~内房線の魅力発信~」
と言う企画で内房線にDE10牽引の12系客車が走るらしい。
と言うことで910君誘って撮影してきた。
あまり混雑しない場所と言うことで上総湊近辺を
何だかんだでこの辺の撮影2009年の113系以来か?
この有名な橋でもよかったが
この海を望む高台からねらうことにした。
快晴ならば正面に富士山も見える。
9どうと根府川行こうと急遽話がまとまり
2/23早朝、まずは石橋俯瞰地点へ。
ここは結構広い範囲で撮影適地が点在するが
この場所だけでこの人数。
まず最初は踊り子2号の
伊東始発のための送り込み回送。
ヘッドサインは当然「回送」。
E257の踊り子1号。
い
MAXもいよいよ2021秋で引退と決まり
雪と融雪シャワーとの組み合わせも最後の冬となる。
ちょっと暇を見つけて朝早く湯沢へ。
MAXではないがまずはこちも
引退もそう遠くないと思われるE2のたにがわ404号を後撮り。
この駅は上り後撮りが一番うまく取れるようだ。
そして国境の長いトンネルを抜けてきた
ガーラ湯沢行きのMAXたにがわ73号。
通常の状態なら16両で来るのであろうが
8両編成の少々寂しい姿。
11番線に到着するのであるが先客がいたので
大綱の13番線より撮影。
この駅はホーム端が狭くて撮影しずらいのであるが
案の定はみ出て撮影していたらしく
警告のホーンとともに徐行で入場。
頼むから危ない真似はしないでほしい。
そしてMAXとき306号東京行は
30日に乗った時は13番線入線だったからそうだと思たものの
14番線に入線してきたため対抗ホームからでは無理で
とりあえずこんな写真でお茶を濁す。
とりあえずだけどちょっとだけシャワーMAXを撮影したということで撤収。
鬼神の刃化されているSLみなかみに乗った。
高崎駅で。
今秋はこのヘッドマーク。
アルミサッシ化されちゃったんじゃと言う疑念があった
もはや現役最古の客車になった「スハフ32 2357」
よく見ると鬼神シールが窓に貼ってあるだけで一安心。
高崎の旧客も今秋大幅リニューアルと言う暴挙を受けたのだが
JR東もこの車両の貴重さはわかっているのかどうか
この車両だけは車内は現役時代のままで一安心。
最近出来て話題の道の駅 あびらD51ステーションに行った。
噂通り駐車場待ちができるほどの賑わい。
追分駅近くの鉄道資料館から持ってきた
D51 320号機も相変わらずきれいである。
本当は最後の営業列車(貨物列車)を牽いた
D51 241号機が保存されるはずだったが
追分機関区とともに全焼してしまったので
急遽320号機が保存されたといういわく付きのカマである。
区名標にはもちろん追分機関区を示す「追」が
これを見るまでは素晴らしいと思っていたが
旧鉄道資料館に行って目が覚めた。
札幌を10時過ぎに出てのんびりまずは
南大夕張のこいつに挨拶して・・・。
今回の旅の主目的はこれ。
シューパロ湖拡大で沈んでしまった鹿島地区に
公式には入れる行事はこれが初だそうで
北海道では新聞やテレビに取り上げられて
かなり話題だったそうで
そういえば南大夕張とかシューパロダムとか
過去に見られないほどの人出で何か嫌な予感が
国道の記念碑を過ぎたあたりから渋滞し始め
普段は入れない旧道の(大夕張炭山側)ゲートを入ったら
こんな感じでおそらく大夕張100年の歴史上初の渋滞?
結局駐車場に入れるようになるまで1時間半ハマった。
いよいよ元幌内駅跡の三笠鉄道記念館に入る。
やはり生の蒸気機関車。
300円払って乗車。
このS-304、日車製産業用Cタンクで
新日鉄室蘭からテツゲンへと移籍しつつ
長く室蘭で工場内の入れ替えをしていた機関車で
サイドタンクのテツゲンの赤い文字が特徴。
ちゃんと石炭燃やして走る。
早速後ろのトラ改造の客車に乗る。
三笠近くまで続いている旧幌内線の線路を走るのかと思ったが
それはトロッコ列車だけであって
さすがにSLは構内運転にとどまる。
もう夕方で今日最後の運転だったので
構内の往復終了後客車を切り離して
単機で車庫に帰る。
やっぱり生きたSLは産業用入れ替えタンクでも楽しい!
前回の清水沢から南大夕張駅跡のここへ。
前回は客車を中心に載せたので今回はセキ2両を。
まずはセキ1。
外板などそっくり張り替えられて
ぱっと見セキ3000みたいであるが
元をたどれば明治44年製のオテセ9500の
セキ1形セキ118.
鉄道院-国鉄-旭川電気鉄道-大夕張鉄道と流れ着いた。
現存する最古の石炭車だそうだ。
そしてもう一両のセキ2。
セキ1よりリベットが残ってたり古めかしそうだが
こちらはぐっと新しい?昭和9年製。
こちらも国鉄-旭川電気鉄道-大夕張鉄道と流れ着いた。
こちらはセキ1000形のセキ1217.
南大夕張の保存車両を満喫したら
ずっと上り坂の2キロ以上あるシューパロトンネルをくぐって
水没した鹿島地区へ
渡道解禁になったといえいつもより空いているためか
スカイマークがだいぶ早着になったため
南千歳で少々撮影タイム。
去年の春までは千歳発の夕張行きだったこの
キハ40の単行は大幅に短縮になって追分行きになった。
乗車したのはこの春から新車のキハ261になった
おおぞら3号。
キハ283時代のSおおぞらと比べると
振り子廃止によるスピードダウンと
最高速の10キロアップが相殺されて
新夕張までわずか数分遅くなるにとどまっている。
前日に北海道入りして初日はニセコで
本当は夕張の雪下ろしかもしれなかったのだが
歴史的小雪のためこの段階ではその必要もなかったみたい。
雪の降る札幌を6:30に出て
この富ケ岡の跨線橋へ。
同業者他に二組。
撮影可能時間最初の5423Dを迎え撃つ。
来ました。
浦臼行き5423D
ここ以外に長い玉が必要で
EOS5DMk4+EF70-200mmF2.8LUSM+エクステンダー1.4Ⅱ
で280mmでこの画角。
ばっちり決まった!
雪はいつの間にか止んで多少明るくなってきた。
この超秘境駅、「生活利用者はいるのか?」
と某番組で団長がロケに来そう。
そしていよいよ糠平へ。
旧国鉄士幌線アーチ橋群の中でも
もっとも行きやすい三の沢橋梁。
国道からこんな風に見える。
橋の上はこんな感じに整備されていて遊歩道になっている。
ちなみにこれらの橋は1955年に
糠平湖が出来た時に付け替えられた新線であるが
このように路盤後は一応遊歩道になっているようだが
熊に出会うのが恐ろしくって
こんな森の中歩けない。
そして
そして再び新夕張。
レンタカーを駅の駐車場に入れて15:56の列車へ。
この沼ノ沢の入った駅名標も3月いっぱい。
ご存知松本 零士サイン入りの
夕張線のラストを告知するポスター。
間もなく見納めの夕張行。
ちなみに次の千歳行きは
この夕張行の折り返してきたもの。
23日、夕張線の朝の2往復を撮影した後
いよいよ今回の主目的の一つ
夕張石炭博物館SL館の雪下ろしへ。
10時前に現地到着、すでにもう始まっている。
屋根に上がる梯子結構高くて怖い。
予報ほど天気が良くなく
小雪が舞う天気。
このデゴイチはかなり傷んでいるように見えるが
張りぼてなので建物には易経ないらしい。
写真だとイマイチわからないが
結構地面との落差がある。
雪庇がかなり張り出していて
恐らく今立っている場所位が
屋根との境目。
21日夜の地震でJRや地下鉄が朝まで運転中止したため
新千歳空港には帰れなくなった人が停泊しているらしい。
そして夕張支線を含む石勝線は昼まで運休ということで
大いなる不安を抱えて渡道。
いざ着いてみると空港は普段通りで
地震の影響は全く感じられない。
レンタカーやの送迎の人によると
地震の揺れはかなり大きいものだったが5秒くらいの
非常に短いものだったそうで
長かったらやばかったかもしれないという話だった。
今回はルフト・トラベルレンタカーといういわゆる格安レンタカーを使ってみた。
二日で2千円ほどで免責免除になる保険が二日で2千円の計4千円。
事前にウェブチェックインをしていたので
レンタカー屋に着くとすぐに車を受け取れた。
ちなみに千歳はレンタカー会社はまとまって所在していて
トヨタレンタカーとオリックスレンタカーの間にあった。
待合室がプレハブだったりするだけで
立地など他のレンタカー屋に対して不利なことはあまりない。
飛行機が千歳に着いてからレンタカーに乗り始めるまで30分ほどで済む。
まあ石勝線が前述のとおりなうえに
地震の影響もわからないので
安全そうな道東自動車道で夕張へ向かう。
2/22から23にかけて最後になるであろう夕張線の撮影旅行に行った。
前日夜の地震のせいで飛行機などは問題なかったが
石勝線や夕張支線は午前中運休となり
夕張支線はこの清水沢を16時過ぎに通る便が
開通一番列車となった。
とりあえず第1弾は撮影編として
2019/2/22 16:09 清水沢駅
Canon EOS 5D Mark IV
EF24-105mmF4L USM
清水沢から同じ列車の後追い。
鹿ノ谷方面。
上の筋の折り返し。
鹿ノ谷にて
Canon EOS 5D Mark IV
EF24-105mmF4L USM
山の中に大きなRCの団地群があるのも夕張らしい。
団地群の前の木に大きな鷲のような鳥が写っている。