2013年11月アーカイブ
中古EOS50Dを試しがてら
レンズはすべて
EF-S 17-85mm f3.5-5.6USM
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1000系。
この場所は天気の良い日中は
先頭部分がビルの陰に入るのでイマイチ露出が難しい。
この場所急行特急ホームからの出場車だと
線路外側の構造物がややうるさい。
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1000系と似ているが幅広ドアの2000系。
各停ホームからの出場車は
内側の線路を走ってくるので
画角内が整理しやすいようだ。
この場所評価測光だとヘッドライトをもろに拾って
ドアンダーになる。
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以前作ったクモハ54002(昭和57年)であるが
僚機のクハ47104とともに表面のクリアが
何故だかざらざらになって白濁してきた。
かなり醜くなってきたので塗りなおすことにした。
まずは塗装はがしは終了。
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そのついでに以前ISPで塗装剥がしたっきり
放置プレイされている大糸線鉄コレの作業を始めた。
まずはトイレ窓と後部のドア前の窓のサイズ変更などから。
何を目標に作っているかというと
飯田線旧国際末期まで残った
42系クロハ格下げ車のクハ68403。
一緒に編成を組んでいた相棒は
これまた42系クモハの3扉化改造車のクモハ50008。
こちらも解体色はがしは終わっている。o
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KATO EF662代目製品は
初代製品を電磁アンカプラーを廃止し
避雷器などの別体化や
パンタのPS22B化などの小改良を行ったもので
基本的に初代製品と一緒なので
今回行った改造も初代製品改造の
EF66 24と一緒。
53号機はブルトレ牽引機として下関(JR西)に
配置されたもので平成元年に
SIV電源車の非常パンタ下げのために
スカート左にKE71ジャンパを取り付けている。
このKE71、ちょうど良いものを探していたところ
KATOのあけぼののオハネフ用のジャンパ栓が
ちょうど良い形をしていたので
パーツからジャンパ栓部を切り取って接着した。
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屋根は青一色で塗りわけなどもされていないのだが
このように汚し塗装したので
元の色も何もない状態。
実際この時代(平成元年前後)に電機の屋根上は
非常に汚れているものが多かったので
これでも汚し過ぎとは言えない。
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先のEF66 24号機と並べてみた。
スカート周りのジャンパ栓の違いが分かると思う。
これで2台とも今の製品と並べても外観は遜色がなくなった。
今の製品と比べると走行性能はだいぶ劣るが。
ちなみにヘッドマークは幻の「赤富士」。
