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無事しまなみ海道を走り終わって

最終日は飛行機の時間(14:35)まで

松山市内ポタリング。

まずは道後温泉駅へ。

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まずやることは

坊ちゃん列車に乗る。

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すぐ後ろを市内電車が迫る!

実は坊っちゃん列車の機関車はSLの形を模倣した

ディーゼル機関車でドラスト音もスピーカーから流れているのだが

結構人気が高いようだ。

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朝9時前にお世話になった宿を出る。

昨日と違って今日は少し涼しい。

朝方雨が降ったらしく道路は少し濡れている。

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あと残すは大島だけなのでまずは伯方島一周から

10/7はしまなみの各島でいろいろ秋祭りが行われており

ここ伯方島でも、間もなく餅まきが行われるそうで。

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そして相変わらず整備中の船のすぐわきを通ったり

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待ちに待ったしまなみ海道妻クリング。

台風25号の動きが心配だが

日本海から朝鮮半島にそれぎみで

初日に多少雨が降りはするものの

風も含めて大丈夫だろうということで決行。

行はサンライズ出雲なのだが大森での沿線火災の影響で

40分遅れで横浜に到着。

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東京から乗ったYYチームと合流。

今回宿も別で完全別行動なので次はどこで会えるのか?

ちなみにサンライズはスカ線経由で運転されたので

武蔵小杉を通るサンライズに乗れたとは強運か?

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ちなみに取った部屋はシングル。

このようにベット横にかろうじて輪行袋が置ける。

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3回に分けて搭載の夕張も最終回。

いよいよ南大夕張のあの客車の保存場所へ到着。

2014年に行ったときとまったく同様に綺麗に保存されている。

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ラッセル車や石炭車なども保存されているが

今回は3両の客車を中心に。

まずは3軸台車を履く有名なスハニ6。

大正2年製の鉄道院基本型客車のオロシからの鋼体化車輛であるが

同じ系列炭鉱の美唄鉄道からの移転組。

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最晩年になって荷物扉を今の位置に移設しているが

前の荷物扉の跡が今もくっきりと残っている。

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若菜から幸せの黄色いハンカチ広場へ行く道を横切ると

サイクリングロードは一旦一般道に合流する。

かつて平和へ続くオメガカーブの前半の

大築堤部分は拡張されて一般道となっているが

ほどなく道路と別れまたサイクリングロードになり(少し散らかり気味)

跨線橋で夕張線を越える。

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そして今は運動公園となった平和坑の跡地を

取り囲むようにオメガカーブは続く。

後の北炭化成工業所の大煙突は昭和のママ。

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平和駅跡にサイクリングターミナルがあるが

当然閉鎖されて他の廃墟の仲間に加わりつつある。

この先でサイクリングロードは放置状態になって

その後のトンネルはふさがれて通れないので

道道3号のトンネルで反対側へ。

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大夕張鉄道の2両のセキのうち

元セキ1000型のセキ2もついでに。

これはモデルアイコンのキット(初回製品)。

塗装はこれから。

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そして南大夕張に行って実際の客車を

見てきて床下機器などを観察。

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旧塗装のオハ1の帯の中の赤三菱マークは

透明デカールに印刷して張ってみた。

少し滲みぎみ。

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シャープ・スチュワート社の製造銘板も誇らしげに。

この12号機は元をら出せば

鉄道開業後の2年後に増備された23号機というのは

前半で述べたのだが

最初の10両のうち開業時にお召列車を牽いた2号機を含む4両の

増備型である。(160形蒸気機関車)

前期型に比べるとキャブ回りやコールバンカなどが

少々近代的なデザイン。

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150歳になろうかという大古参に牽かれる客車も

当然明治時代のもの

3両とも羽後交通から持ってきたもの。

この最後尾は元新宮鉄道のハ13、明治45年製。

1両目のハ14も同形車両。

昭和40年代まで生き残っていたため明治村の保存車輛に

大抜擢されることとなった。

オープンデッキ、2重屋根の典型的な地鉄木造単車。

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中間のハ11は同じ羽後交通組でも

元青梅鉄道の車輛。明治41年製で
他の2両より形態がもっと古典的で

2重屋根の形態など明治中期の流れのデザイン。