南アルプスの自然学

 南アルプスは北アルプスなどと比べると、交通の便が比較的良い(広河原まで甲府から車で一時間強)にもかかわらず人気が今ひとつの感がある。最近の中高年の登山ブームの中でもみな槍穂高や白馬、剱、立山などの北アルプスの山々に人気が集中している。
 その大きな理由として山容が特徴的で白く明るいイメージの北アルプスに対して巨大な山容と深い樹林の南アルプスは暗くて苦しいイメージがあるからであろう。
 しかし南アルプスはお花畑に関しては我が国屈指の美しさを持つ山域であり、また水に関しても質量ともに世界に誇ってもいいと思う。

ハイマツとお花畑 白根御池とお花畑

なぜ南アルプスの山々は暗いか
 南アルプスは甲斐駒ヶ岳や鳳凰山塊を除いてほとんどすべてが四万十層と呼ばれる堆積岩類またはその変成岩で出来ている。四万十層は黒っぽいもろい水成岩である。風化した四万十層は安定した通気性や保水性の良い安定した表土を作りやすいという特徴がある。またこの地域の夏期の豊富な降水量と冬季の降雪量が比較的少なく雪解けも早いのもあって、植物の生育には全く理想的と言った土壌な訳である。つまり四万十層の黒っぽい土壌と発達した植物によって、南アルプスは暗いのである。
 これに対して北アルプスでは、槍穂高等では、溶結凝灰岩からなっていて全体としてがらがらとした礫地であり、常念山系の様に花崗岩系の山だと斜面は粗大な岩塊で覆われ、その上をハイマツが広く覆うように生育するから、出現する植物が少ない(南アルプスでも甲斐駒ヶ岳や鳳凰山塊ではこのような感じであるが)。また白馬山系では冬の膨大な積雪量のため雪が遅くまで残り、植物の生育が阻害される。つまり北アルプスでは元々白っぽい土壌の上に植物が乏しいため明るいイメージの山容となるのである。


氷河期の名残
 まずはカール。氷河時代に氷河が谷を浸食して作った地形であるが、南アルプスでも多くのカールが存在する。中でも仙丈ヶ岳にはたくさん存在する。
大仙丈カール
 また、氷河の末端では氷河が溶けたところに氷河が運んだ物が堆積されてモレーンという丘を作る。仙丈ヶ岳の藪沢カール末端の旧テント場付近にこのモレーンを見ることが出来る。
藪沢カールのモレーン

二重山稜の謎
 白峰三山の稜線には二重になった稜線が複数存在する。この二重山稜はやっかいな物で霧の時など稜線を間違え遭難の元になりやすい。現に間ノ岳ではこの二重稜線で道に迷った5人のうち4人が疲労凍死するという事故も過去に起きている。
 ではなぜこの二重稜線が出来るのであろうか。
 北岳の南陵つまり山頂から北岳山荘へ続く尾根にははっきりと二重稜線となったところがある。写真でAの尾根とBの尾根が二重稜線を形成しているのがはっきりと分かるだろう。よく見るとBの稜線の左側は断層になっている。もともとの稜線はAであったのだが、Aの左側の崖は不安定であったため、B稜線の断層に沿って、左側の崖方向へ数メートル地滑りを起こしたのであると推定される。このようにして元の稜線Aと地滑りによって出来た断層沿いの稜線Bという二重稜線の出現となったのである。
北岳の二重稜線
 これに対して間ノ岳の南陵(農鳥小屋方面)の二重稜線の場合は異なる成因がある。写真は間ノ岳の山頂方面から農鳥岳方面を撮った物だが、CとDの二重の稜線が確認できるであろう。これは山が隆起するに伴って岩盤が圧力から解放されるため、山頂部が膨らみ、その結果、山体の中央部が重みを支えきれなくなって(CとDの間が)陥没した物である。山頂付近の雪田が残る巨大なくぼみもこれによって生じた物であるようだ。このくぼみが出来る前の間ノ岳は現在より標高が数十メートルも高かったらしい。そのころは富士山はまだなかったので、間ノ岳が元日本一の標高を誇る山だった。(間ノ岳の巨大な山体を見れば納得いくが・・・)
間ノ岳の二重稜線

南アルプスの異端児 甲斐駒ヶ岳
 南アルプスのほとんどは四万十層からなっていると前に書いたが、甲斐駒ヶ岳と鳳凰山塊だけは花崗岩から出来ている。これは過去(隆起前)に堆積岩である四万十層に深成岩である花崗岩の貫入があったためだが、そのため甲斐駒ヶ岳や鳳凰山塊は南アルプスにしては明るいイメージのする山である。
 この花崗岩は粒子が非常に粗く風化しやすいのが特徴で表面がぼろぼろはげ落ちる。このはげ落ちた物がたまって巨大な砂礫地ができあがる。また花崗岩は元々亀裂がありそれに沿って風化が進むが亀裂が例外的に少ない部分は元の岩のまま取り残される。このようにして地蔵のオベリスクや甲斐駒の六方石ができあがるのである。

砂礫地 六方石

前世の証拠 準平原
下の写真は仙丈ヶ岳山頂付近から馬の背方面を写した物である。円内の所だけ平坦面が広がっているのが分かると思う。山は浸食によって次第に高さと凸凹をなくして最終的には平坦な陸地である準平原となる。仙丈ヶ岳の馬の背の平坦面はこの準平原が再び隆起して頂き部分だけが浸食されずに残った物である。まさしく南アルプスの前世の証拠と言ったところである。またその後ろにそびえる鋸岳の凸凹な稜線とは好対照をなしている。

馬の背の準平原

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